
▼日本の主力産業である自動車業界に暗雲が垂れ込めている。トヨタ、ホンダは大幅な減益を見込み、マツダ、SUBARUなどは今期の業績予想を「未定」とした。トランプ関税の行方は今後どうなるのか、誰にも分からない。トランプ大統領の主張は「製造業をアメリカに取り戻す」ことだ。しかし、そんなことが可能なのか。
▼アメリカの製造業はすでに「失われた30年」を経験している。この間、製造業の技術者や技能者は職を失い、生産現場を離れた。もし、今アメリカでiPhoneを製造したら、1台50万円以上になるという試算もある。商売人のトランプ氏には理解できないだろうが、「投資さえ増やせば、製造業は復活できる」というような単純な話ではない。
▼「ヒト、モノ、カネ」のうち、製造業は特に「ヒト」の要素が重要だ。いったん失われた技術・技能を取り戻し、なおかつ最新のテクノロジーに適応させるのは一朝一夕には不可能だ。ものづくりは、たった1年でも途切れると、追い付くのに大変な努力が要る。半導体製造大手の台湾TSMCがアメリカに1000億ドル投資すると発表したが、いったい誰が造るのか。台湾などからの「移民」に頼るなら、トランプ大統領の反移民政策と矛盾する。
▼アメリカの製造業が衰えたのは、新興国の台頭以外にも、様々な理由があるようだ。フランスの人口統計学者・エマニュエル・トッド氏の説によると、アメリカ最大の天然資源は、石油やガスでなく、基軸通貨としての「強いドル」だという。この天然資源に皆が群がり、製造業が見向きされなくなった。1990年代から宇宙開発予算が徐々に削減されると、優秀なロケット科学者は、金融工学に転身した。技術者の興味は製造業から離れ、ドルを生み出す錬金術に代わってしまった。
▼その強いドルが、トランプ関税や減税の影響で揺らいでいる。ムーディーズによるアメリカ国債の格付け引き下げは、トランプ大統領が最も嫌がる10年債利回りの上昇(国債価格の下落)を招いている。日米関税交渉の結果は、日本の全産業に大きく影響する。安易な妥協をせず、じっくり構えていただきたいものだ。
(合田)